- 2013.04.29
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人間の欲。
以前新聞で読んだ人生相談について関心事がいくつかあったので省略せずに書いてみます。
“人生の目標がみつかりません”
〈相談者〉高校2年生
私には心から楽しいと思えることがありません。
現在、県内で有数の進学校にいるのですが、それは成績からみて、そこに入るのが当たり前だろう、 というような感じだったからです。周りの友人たちは医者になりたい、あの大学に入りたい、 といった明確な目標があります。よい刺激を得られるのですが、同時に特に目標もなく何となくここまで来てしまった 自分が情けなくなってきます。私には趣味や特技が無く、将来やりたいこともありません。 学校では、とりあえず先の選択肢は広い方がいいだろうと思って、 それなりに勉強に真面目に取り組んでいます。また、私は運動部に所属しています。 しかし、試合に勝ちたいというよりも仲間に迷惑をかけたくないという気持ちの方が大きいです。 何にも熱中できません。
このままただなんとなく生きていくのがとても怖いです。
私は好きなものもなければ、嫌いなものもありません。 何かが対立している時も、自己主張ができません。学校の先生はよく、 「最後に伸びるのは目標に向かって努力をし続けられる人だ」と言います。 私はその言葉は正しいと思います。しかし、頑張ろうと思っても私には目標が見つかりません。 まだ人生は長いといっても、つらいのは今です。
こんな無関心の今の私には、何ができるでしょうか?
〈回答〉美輪明宏さん
■本物を探し求めなさい
流行の先端を行く質問ですね。 「無気力」「無感動」「無関心」の「三無」は珍しい人だと思ったら大間違いで、 若い日本人にはこういうタイプが増えてきています。すべてがまあまあで、適当に食べられるし、着られるし、住まえる。 東日本大震災の被災地は別として、日本全国どこでも、極貧の終戦後に比べれば、中流クラスになった。 モノが行き渡ったから、「これが欲しい」「必要だ」という欲望が希薄になっているんですね。
欲望は生きるエネルギーになりますから、欲がなければエネルギーもなくなる。無気力になってしまいます。 また「無感動」というのは、感動に値する文化が枯渇していることに原因があるでしょう。 文学、美術、音楽などの各分野で、「大作家」「大歌手」と呼ばれる人が少なくなっています。 本物の俳優とスタッフによって作られた、何十年も時を超えて存在し続けるような名作映画も生まれていない。 かつてはラジオから教養となる音楽が聞こえてきたものですが、 今はそうしたものも身の回りから減っているように思います。 歌でもカラオケが発達して、本職よりうまい会社員や学生がいる。 一方で、かつての美空ひばりのような、飛び抜けた「本当のプロ」も少ない。 プロと素人の境界がなくなってしまい、人を突き動かす「憧れ」がなくなってしまった。 現在の若い人たちはそういう「アマチュア文化」の中で育ってきています。
どうしたらよいのか?
面倒でも探すところから始めるしかないと思います。お金をためて、パリのルーブル美術館に行く、 イタリア・フィレンツェやローマで美術を巡るのもいいでしょう。 ファッションでも本物のオートクチュールには見事なものがあります。 服飾の博物館を訪ねてみることです。 音楽なら、例えば1950年代以前の「本物」を聴けば、 「こんなにロマンチックで美しいものがあったのか」と胸打たれます。
とにかく片っ端から「行動あるのみ」。 ボケッとしている傍観者には楽しみ、感激、達成感は生まれない。 実行している人は「生きていてよかった」という感動に巡り合えるのです。 そして「私も何かしたい」という欲がきっと生まれてきます。
機能性、利便性、経済性だけの浅薄な文化で育ってきたからこれまでは仕方ない。 本物を見聞きし、行動しているうちに自分の中からきっと変化が生まれてきます。
・・・っと長めのものでしたが、皆さんの感想はいかがでしょう。
色々と考えさせられるところが多々あったので早速やってみました。
「行動あるのみ」だそうです。